introduction 看護部紹介

MALENURSE
02
ICU(集中治療室)
浅見 勇介

介護福祉士として老人介護保険施設で勤務後
大切な人を助けられるようになりたいと看護学校入学

新卒で大学病院へ勤務

2012年中途入職

ICUへ配属

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自分で助けてあげられる知識と技術がほしくて

高校卒業後、介護専門学校へ進学。介護福祉士として老人介護保健施設で、通所リハビリテーション2年半、入所施設1年半の計4年間勤務しました。ある夜勤中、担当利用者さんを起こしに行ったら、反応がなく苦しそうな様子でした。自分は何が起きているのか分からず、夜勤の看護師を呼ぶのが精いっぱいでした。結局、その方は心筋梗塞で亡くなってしまいました。自分が何も出来なかった無力感と、予兆に気づけなかったのか?という後悔が大きく残りました。介護の仕事は好きでしたが、自分がお世話をした利用者さんが大変な時に、自分は何も出来なかったことが悔しくて、看護師を目指すことを決意しました。当時すでに結婚していましたが、妻の協力もあり無事に看護師になることが出来ました。

最初の病院での挫折

看護専門学校卒業後、大学病院へ就職し、希望したICU(集中治療室)に配属されました。看護学校では、実習や座学もそつなくこなし、学校代表で看護観の発表を行なったりしていたこともあり、当時の自分は自信に溢れていたように思います。しかし、いざICUに配属になって現場に就くと、その自信は見事にへし折られました。聞いたこともない疾患、見たこともない薬や医療機器が溢れていました。当時は、毎日遅くまで居残り勉強をし、帰宅してからも何をしたら良いのかも分からないまま、参考書を開く毎日でした。新卒とはいえ、当時すでに28歳。早く一人前にならなくては、という焦りが募っていました。

そんな日々が続き、ついに体調を崩し休職することになり、就職したその年のうちに退職に至りました。挫折感に苛まれ、すっかり自信を失くしました。退職後、医療現場への復帰にはハードルが高かったものの、資格を活かし介護施設の非常勤看護師として勤務するようになりました。利用者さんと接する中で、改めて人と接する仕事のやりがいを取り戻し、当院に入職することを決めました。不安は大きく、また挫折してしまうことへの恐怖もありましたが、乗り越えるために敢えてここでもICUでの勤務を希望しました。

ライフステージの変化

看護師になって10年目、当院に入職して9年目になります。当院では現在でもICUで勤務しています。職場の同僚や先輩に恵まれたおかげもありますが、何よりも大きかったのが当院に入職したその年に産まれた長女の存在でした。「この子のために何としても頑張ってやる」と、気持ちを奮い立たせました。その後、次女が誕生し、数年前には自宅を建てました。ICUでは常にアラーム音が鳴り響いていますが、自宅ではそれ以上のけたたましい音量が家中で繰り広げられています。この9年間、看護師としての成長と並行して、自分のライフステージも変化していきました。

男性に限ったことではありませんが、家庭を築き子供を育てるということは、看護師として働く上で大きな成長と学びを与えてくれていると感じます。子供をもつ父親としての役割を担うことで、より患者さんの気持ちや背景に寄り添う気持ちが持てるようになったと感じます。最近では、看護部教育委員として研修を企画、新人育成に関わったりする中で、どのように伝え導いていけば新人ひとりひとりが成長できるのかについて深く考えるようになりました。

今の自分があるのは家族のおかげです。家族のためというのがモチベーションになっており、子供がいることが仕事の原動力になっています。

子供を育てることと、人材の育成には通じるものがあると思います。どこが分からないのかをきちんと聞き、どうかみ砕けば伝わるのかを工夫して伝える。そして、人は必ず成長するということを信じ、しんぼう強く待ち、その結果として個々の成長を実感することができる。この経験を通じて、自分自身も学び成長できているように感じますので、子供や仕事に還元して相乗効果が得られ、良い循環を作っていきたいと思います。

男性看護師志望の方へ

女性の多い業界ではありますが、当院は男性看護師が多いほうで肩身が狭い思いをしないので、働きやすいと思います。特にICUは男性看護師が多く居心地が良いです。

今後の抱負

男性看護師として常に意識していたいことは、周囲に安心感を与えることです。患者さんに対してだけでなく、同僚や後輩に対しても、男性看護師がいると安心する、しいては「浅見さんがいてくれると安心する」と感じてもらえるようになりたいです。